豊岡・但馬の民話、昔ばなし

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お嘆きの松



※写真中央は雅成親王をお祀りした『柳原神社』。当館より徒歩3分のところにあります。この祠の後ろにお嘆きの松がありました。


今から約800年前の瀬戸のお話しです。
鎌倉幕府との戦に敗れた後鳥羽上皇は、京の都から隠岐の島へ、その息子の雅成親王は但馬の国(豊岡市高屋)に遠流となり、それにより2人は離れ離れになってしまいました。

父想いの雅成親王は、
『父上は元気にされているだろうか。
一目で良いからなんとかお会いしたい。』
と思いながら毎日寂しく暮らしておられました。

そんな親王殿下をみて、可哀そうに思われた村人が
『但馬の国の北の果てに「日和山」というところがあります。
その地では天気の良い日なら隠岐の島が見えるそうですよ。』
と伝えました。

それを聞いた親王はとても喜んで、父君に会うこと叶わぬのなら、せめて隠岐の島影と見ようと約5里離れている険しい道のりを何度も何度も通われるようになりました。

しかし、何度来ても隠岐の島すら見ることもできません。
日和山の高台にあった松の木にすがり、父君を想い、嘆き悲しまれる親王殿下のお姿が幾度となく見かけられたと言います。

そんな想いも虚しく、とうとうお二人は二度と会うことはできませんでした。 風の強い日和山ではこの松に吹き付ける風の音が親王のすすり泣きにも聞こえ、いつの頃からか瀬戸の人々はこの老松を『お嘆きの松』『夜泣き松』と呼ぶようになりました。
(残念ながらこの老松は昭和61年の大雪で折れてしまい、その切り株しか見ることができません。)



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